文化
教養の内容は時代・社会とともに変化する。また、教養が成立するには社会の一定の範囲に共通の価値観が存在していることが必要である。以下に近代以前の伝統的な教養の例を挙げる。
ヨーロッパ
ヨーロッパの伝統的教養観は、上流階級同士の社交界において洗練された振る舞いや会話を楽しむ能力、およびそれに必要な知識や文化的素養であった。バルダサーレ・カスティリオーネの『宮廷人』がその規範とされている。
中国
中国では科挙の影響もあり、四書五経を学ぶこと、漢詩に通じることが教養とされていた。
日本
日本でも四書五経や漢詩は重要視されていたが、やがて日本独特の諸文芸や和歌がこれらと並ぶようになった。文人画等の絵画を自ら描くことも教養の一部を担っている。
伝統的には、古典に通じハイカルチャーを身につけることが教養の重要な要素であったといえる。これらはもっぱら社会の指導的階級、知識人あるいはエリートによって人格向上の一助とされてきた。近代以降は出版やマスメディアの発達、大衆の経済力向上などによって、大衆も教養を身につける機会が増えた。一方で教養を上流階級やエリートの文化であるとして否定する主張もある。現代の情報化社会において、世人が旧来の文化文物にほとんど触れず、テレビやネットなど視覚的刺激を広く享受するようになった世情を指して、「教養主義は滅んだ」、あるいは滅びつつあるとする主張も見られる。価値観があまりにも多様化した現在の日本では、教養という言葉も死語になりつつあるのかもしれない。